浩子の部屋

貧乏子沢山

夏の終わりの我が家。
裸姿で、眠くて泣いている子を背負い、お腹が空いてきて目覚めた子を抱いて、あやしている。
どんだけ子供おるねん???どんだけ貧乏なん???(笑)
誰か、他に大人の家族はおらんの??
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皆いるけど、ご飯食べてるので・・・こんな状況になってしまいました。頼んだわけでもないのですが、主人が一手引き受けで頑張ってくれています。
あまりに面白い?ので、写真撮ってしまいました。主人は、
「あっ、またブログに載せるつもりやろ?!」
と、ちょっと照れています。先日から、ナチュラリスト・バージョンが多かっただけに、私自身もどうかな?と思ったのですが・・・主人も、ポーズとって笑ってくれるので・・・
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結局、「載せて欲しい」ということですよね。(ハハハ)
この姿で、マンションの廊下をウロウロするというものですから、
「それだけは止めてください。」
と、言ったものの、ここに公開しているということは、意味ないですね。
娘達のために、仕事を終えて疲れているのに、少しでも楽をさせてあげようという、ほんまに優しい親心。孫も可愛いけれど、そこまでしなくてもと思いつつも・・・。
孫を背負えるのも元気な証拠。腰の痛みもかばいながらだから、ほんまに気の毒。自分が好きでやっているんだから、まあいいか。いろんな気持ちが交錯する中、自分勝手で、その優しさに甘えてしまっています。
でも、こんな姿が、人生であってもいいんじゃないかと思います。「いい格好」するのは、すぐにできるけど、格好悪いことは、なかなか進んでできません。自分のありのままをさらけ出して生きる。人は、嘲笑するかもしれないですが、自分らしさを前面に出せることほど、勇気が要って、心が軽いことはありません。何にも囚われない心は、何もかもが満ち足りているか、何もかもを捨てて身軽になるか、どちらかでしか達成できないような気がします。
人間は、生まれて持ったサガというもので、もともと欲求がいっぱいです。欲求があるからこそ、努力もできます。欲求を満たすことで、幸せになります。幸せになったら、誰かにその幸せを伝えたくなります。伝えたら、他人の答えを求めてしまいます。また、違った欲求が始まります。
こういう繰り返しで、自分の人生を作り上げていくんですね。私もブログで、「できるだけ自分から湧き出てくる、そのままを綴りたい」と思ってここに書き続けています。書きながら、ほんまにこれでいいのかな?という言葉が頭を過ぎりながら、なんか別の力?で書かされているような、そんな不思議な世界にいます。
我が心のままでありながら、我が思考ではない。
では、いったい何ぞや???

とにかく、背中を何者かに押されるように、「書き続けなければいけない」と、感じてしまうのです。一昨日の24時間テレビで、「イモトアヤコ」さんが126、6km(フルマラソンの3倍)を「走り続けなければいけない」と、完走された姿を見て、ほんとに感動しました。どんなに辛くても、痛くても、苦しくても頑張って目標を達成し続けようとする姿。そして、「人生で一番楽しかった24時間でした!!」という思いと表現。たくさんの人に支えられて、皆さんの声援に押されての今の自分であることをしっかりと確認されたからこその言葉。ほんまに感動です!!
なんか、主人の貧乏話から遠ざかってしまいましたね。(笑)
でも、あの無我夢中で、気力だけで走っている姿は、なんの飾り気も無い、「素」の「ありのまま」の彼女の姿です。主人の裸も「天心」です。
そう思って見ると、実にカワイイじゃないですか?!
そこで、「気持ち悪い〜」と言っているのは、誰ですか??(笑)
貧乏?子沢山、大歓迎♪♪ 
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もっともっと増やしてくださいね。

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